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更新日:2021年11月29日

(20)梅雨前線豪雨

(20)梅雨前線豪雨(平成11年6月24日~7月3日)

被害地域
県内全域
被害状況
住家被害(棟):半壊1/一部損壊5/床上浸水28/床下浸水483

もしものときに住民がうまく連携できるルールが必要

伊那市Y.Hさん(当時消防分団長)

 

ふだん水量などほとんどない川が、時として恐ろしく変ぼうするものです。大沢川もそんな川です。通常の水量は人の膝までないほどですが、この川には富県や高烏谷など山の川の水が注いでいます。大雨になると、これらが全部集まってとても手がつけられません。

昔から暴れ川として知られていましたから、それなりにコンクリート護岸は施されているのですが、災害があればそのか所だけというように応急的なものばかりです。新旧護岸のつぎはぎだらけの堤防は、大水の際にはその隙間に水が入りこみ、コンクリートの壁をむなしく崩していくのです。

あのときは連日連夜警戒態勢が続き、消防団員の誰もが疲弊していました。災害のあった前夜も区が中心になって見回りを行っています。早朝4時に区長からの要請で現場に向かいました。やはり日ごろの不安は当たっていました。またしても、古い護岸の裏側に水が忍び込み、コンクリートが崩れているのです。

当時、私はこのあたりの第2分団長をしていました。団員に指示して早速作業にとりかかろうとしたのですが、水防用の資材が入っている倉庫の鍵のありかがわかりません。普段から万一の際の責任の所在がはっきりしていなかったのです。手元にはロープ一つありません。加えて現場は車が入り込める広さもない道です。木流しをしようにも、いちばん身近な山の所有者は見当もつきません。

しかし手をこまねいているわけにはいきませんでした。その場で荒縄をない、現場から500mも離れた山から木を切り出して人力で運び、作業しました。

この際、消防団にできることといったら流路を変えてあげることぐらいです。木流しを行っている頃、ようやく資材も調達でき、シート張りをし、土のうを積んで、蛇籠を入れるのが精いっぱいでした。

大沢川のこのか所だけでなく、分団が担当しているほかのか所もはん濫したところがありました。連夜の警戒で疲れきっている団員を振り分け、懸命に水防に取り組みました。

護岸の必要か所を関係機関が視察するといっても、それは平時の水量のないときです。こんな大人しい川ならば、この程度の改修でいいだろうという先入観がどうしても働いてしまいます。危険か所をチェックする際は、きめ細かい配慮が大切でしょう。

しかし一番大切なことは、「自分の暮らす地域は自分たちで守る」という意識です。その後、大沢川流域では住民が水の流れを悪くするアシを刈るなど、その意識は高まっていますが、いざというとき、消防団がいればなんでもやってくれるとまかせきりにするのではなく、地域のなかで指示系統をどうするか、資機材をどう調達するか、誰が何を担当するのか、臨機応変に対応できるルールを日ごろから決めておくことが必要でしょう。

 

教訓
伝えたいこと

危険か所をチェックする際はきめ細かい配慮が大切。
◆人まかせきりにするのではなく、自分たちの地域は自分たちで守る意識が必要。

予測のつかない自然に対し、100%の護岸はありえない。

伊那市T.Oさん(当時消防分団長)

 

当時私は、伊那市消防団第8分団の分団長をしていました。連日の大雨で団員とともに周辺河川を回り、警戒活動が連日に及んだのを覚えています。

呼び出しがかかったのは、6月30日の早朝3時か4時頃だったと思います。棚沢川左岸が決壊しそうだという知らせでした。付近には住宅が1軒あります。さらにその下流には保育園もありました。幸い保育園は休みとのことでしたが、堤防がもし決壊すれば住宅に被害が出ます。私たち消防団員は蛇籠を投入して、左岸の決壊を食い止める作業に没頭しました。

その際、対岸のことを、周辺住民はおろか団員も心配していませんでした。対岸のアパートの住民も外に出て私たちの作業を見ていたくらいです。私たちはといえば、今やっている作業に夢中でした。そのときです。轟音とともに右岸が決壊し、堤防に築かれた道路が陥没したのです。

水は知らないうちに護岸のコンクリートの裏側に入りこんでいたのでしょう。さらに左岸を固めたことで、水の勢いが増したことも原因でしょう。幸いなことに陥没した道路の上には人はおらず、人命に被害がでなかったことが救いです。万一、人がいたとしたらと、今でも肝を冷やします。

決壊した部分は幅3~4m、長さ15mほどでした。雨は小降りになってきたものの、水の勢いは増すばかり。団員や住民が事故に巻き込まれないようにするためにも、私たちにできることは限られていました。付近から直径10cm、長さ5~6mの木を切り出し、右岸に木流しを行い、その後へ牛枠を入れて流れを少しだけ変えてあげるのが精いっぱいです。手をこまねいていたわけではありません。決壊した右岸ばかりに気をとられてこちらだけを固めると、今度は行き場を失った水は先ほど蛇籠を入れた左岸にぶつかり、そちらが決壊するおそれがあったのです。もどかしい思いを誰もが感じながら、作業は昼頃まで続きました。

この災害で私が学んだのは、自然は決して人間の見当のつかないものだということです。現場では人命を危険にさらさないことで精いっぱいです。消防団も水防訓練を行いますが、昔ほど頻繁には行いません。伊那市では年に1回ほどです。それだけ河川災害が少なくなったのも事実でしょう。しかし、災害はやはり忘れた頃にやってくるのです。そのときに適切な処置ができるようになっておきたいものです。

そして、水害が地震などと重なったら、100%の護岸などありえないと誰もが意識しなければなりません。棚沢川は市内でもよくはん濫する川として知られますが、危険か所については行政だけでなく、住民自らも普段からよく知っておくことが大切でしょう。

 

教訓
伝えたいこと

自然は決して人間の見当のつかないものだ。
◆危険か所については住民自ら知っておくことが大切。

行政側からの情報はきちんと聞き、指示に従って行動を

上伊那郡辰野町M.Iさん(当時役場職員)

 

当時、私は町役場の防災担当をしていました。雨は6月29日の昼頃から降り始めましたが、かなりの量になり、天竜川の水位を確認にいったことを覚えています。その時点で釜口水門からは毎秒60tの放流でしたが、翌朝には190tを放流するという放送がありました。翌30日午前7時11分に、ある地域の自治会長さんから「上野川護岸の決壊があって心配だ」という通報が入ったんです。そこでその地域を管轄している第7分団が出動。私も急きょ役場に駆け付けました。その一報をスタートに、町内いろいろな地域から災害情報を寄せられてきました。そこで災害対策本部を設置したほうがいいだろうということで、午前8時15分、消防庁舎会議室に設置されました。

災害時、役場内では総務課がすべてを掌握する立場にあります。ただ、地震についてはそのときの心構えなどについて書いたものを全戸に配布しているのですが、水害に関しては特にそういう指導要綱はつくっていなかったのです。そこで、どんな情報でもいいので通報をいただき、それに基づいてすぐに行動するということになります。

この水害では町内全域に被害が及び、一般家庭の被害としては46戸の床下浸水がありました。辰野町は過去を見てもそれほど大きな被害にあったことはないのですが、町内には、山間部や谷あいに家のある地域もあるので、万一の場合、すぐに避難させることも考えていました。一方、家庭の中の対応はどうか。これは2つに分かれると思うのですが、世帯に男性の年配の家長がいるところは、自分たちでできることをやろうとします。しかし新しく転入してきた人たちの中には、お父さんが単身赴任でいないとか、近所付き合いがないということで、災害の時、まずどうしていいのかわからない。そこで消防署や役場に何とかしてくれと電話をかけてくるので電話がパンクしてしまうこともある。実際に消防団が出動してみると、自分たちで出来ることもある、というのが現実。中には住民の皆さんが一緒に土のうをつくってくれたところもありました。防水活動の際には地域の皆さんの協力もありがたいですね。

自然現象としての水害は20年から50年の間で必ず起こってきているわけですし、まさに災害は忘れた頃にやってくるもの。この水害後、役場の方では区長会の中で今回の体験を生かそうという話がなされ、一過性のものにしなかったことはよかったと思います。また現在、総務課として、一人暮らしの老人や障がいを持っている人に対して、いざというときにどのように情報を提供し避難のお手伝いをするのか、という点を地域の民生委員の皆さんに協力していただきながら体制をつくっています。今後の課題としては、情報をさらに的確に流すこと。災害時の情報は広報車などを使って流しますので、それをきちんと聞いて、さらにその指示に従って行動してほしいと思います。河川整備が進み、水害も減ってきているとはいえ、予想を超えるものに対してはみんなで防がなければなりませんから。

 

教訓
伝えたいこと

行政側から流す情報をきちんと聞き、その指示に従って行動を。
◆災害は忘れた頃にやってくる。自分で身の安全の確保を図る。

 

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身の安全を確保、周囲の状況を確認してから行動を

上伊那郡辰野町M.Oさん(当時消防団長)

 

災害当時、町の消防団長として消防団員の指揮・統括、水防活動にあたりました。団長としての私の経験から、雨の降り方、天気図の確認、アメダスからの情報などさまざまな角度から検討しました。6月29日の24時間の降雨量が55.5mmでしたが、30日になっても雨脚は変わらないし、雲の出来方にも切れ目がない、これは水害の恐れがあると判断しました。釜口水門からの放流は190tになりましたが、近年まれにみる量です。そこで副団長に連絡。当時、消防団員は550人おりましたが、午前7時半を過ぎて連絡をとっても仕事に行ってしまいますから。7時頃までに降雨量が増え、被害の想定が出てくる場合は必ず自宅待機しているようにと要請しました。

水害の対応にはかなりの人数の消防団員を要しますので、とにかく戦力を確保しておかなければなりません。また資材や器具の点検もしておかなければなりません。確かあの時は、消防団の地区大会が終わったばかりで、優勝チームがその上の大会に向けて訓練をしていた頃でした。45歳以上の団員たちは過去に水防活動の経験があったかもしれませんが、若い団員にとってみたらまさに訓練の成果を発揮したというべきでしょうか。当時すでに河川改修も進んでおり、水害そのものが減っていましたからね。

被害としては、道路崩落が46か所、土砂崩れ8か所、そして河川の越水や護岸決壊が35か所です。また床下浸水は46世帯にも及びました。山の水が一気に市街地に入ってきて、例えば普段なら全然水が出ない新町区などで3件の家が床下浸水の被害にあっています。町内のあちらこちらで出水、越水、土砂崩落や流出、がけ崩れが起こり、団員たちは土のう積みや可搬ポンプでの排水作業などにあたりました。このときは、堤防の決壊を防ぐため昔からの水防工法である「木流し」も行いました。

荒れ狂う濁流を現場で目の当たりにしてみると、本当に怖く、「水は生き物だ」ということを肌で感じました。崩落は、徐々にたまった水が押し流されて一気に起きますからね。特に周囲の状況が見えにくい夜間は、2次災害に巻き込まれる恐れもありますから、水防活動は非常に困難を極めます。また護岸改修をしてあるところはいいかもしれませんが、辰野町は中小河川も多く、山を背にしている地域も多い。豪雨などの際には、増水する川など危険なところへは絶対に近付かないでほしいですね。様子を見に行くなどと一人で出掛けてしまうのは本当に危険です。小さい川だからといって油断はできません。

今回、消防団の活動がうまく運んだのは、役場と一緒になって水防活動に当たれたことにあります。防災無線を通じ、連絡や情報提供もスムーズに行えました。また地域の区長さんたちが、災害というものを身近に感じ、動いてくれたこともありがたかったですね。災害時にはまず、自分の身の安全を確保する。そして周りの状況を確認し、それから行動を起こすことです。私たち消防団はどんなときにも、最悪のシナリオを仮定することが必要だと思っています。また地域の水防倉庫には、土のうなど水防資材を備蓄しておくことも、いざというときには大切です。

 

教訓
伝えたいこと

災害時には一人で行動をしない。
◆最悪のシナリオを仮定して日ごろから準備しておく。

思いがけない所に災害が

飯田市K.Kさん(当時40歳)

 

平成11年6月28日、私は定年退職を迎え、職場の仲間が催してくれた送別会に出席し、帰宅しました。そのときも雨は激しく降っていて、飼っていた猫が妙にうるさく鳴いていたのを覚えています。「大丈夫だよ」と猫をなだめ、私はそのまま床につきました。

ズシンというものすごい音を聞いたのは、翌29日の未明2時頃でした。しかし何があったのか全然わかりません。電気をつけようにも停電したのか灯りもともりません。私は何はともあれ表に出てみました。

私の家はがけの上にあり、その下は竹やぶになっていて、竹やぶが切れたあとは市道まで急角度で傾斜しています。家を飛び出した私の前に、普段、漬物桶を置いていた半坪ほどの小屋が見当たりません。あの轟音は小屋もろともがけが崩れ落ちた音だったのです。しかし、真っ暗ななか正確に状況を把握することはできません。家のほうは大丈夫な様子でしたので、すべては翌朝にと再び床につきました。

早朝起き出して私が目にしたのは、想像していた以上の状況でした。根張りのない竹やぶは土砂とともにがけをすべり、市道をふさいで道の反対側の電柱をなぎ倒していました。がけが削られたのは、住宅からほんの2mのところです。

電話も通じないことを確認し、市内を一望でき、携帯電話の電波状態のいい住宅裏の畑に走りました。そこから区長に電話をし、市の職員や消防団がすぐ駆けつけてくれました。住宅に被害がなかったことは幸いでしたが、実はこれはかなり高い確率で想定できた災害だったと私は思います。

家の前の市道ができたのは、今から30年ほど前のことです。この地域でもあちこちで道路が整備され、どの家でも家の前まで車が入れるようになりました。誰もが喜びましたが、一方で道路拡張を急ぐばかり、傾斜地に十分な構造物を入れないまま、闇雲に道路建設が行われたのも事実です。現に、私のところが崩れたのも、しっかりした構造物がなかったためなのですから。

家のあるところでは、法面整備を厳重に行ってほしいというのが私の要望です。このあたりは地盤も弱いわけですから、特に慎重になってもらいたいものです。災害の危険がないところに誰もが引っ越せるわけではありません。そのためのコストをどういったかたちで誰がみるか、考えるときだと思います。

 

教訓
伝えたいこと

家のあるところでは、法面整備を厳重に行ってほしい。

お問い合わせ

危機管理部危機管理防災課

電話番号:026-235-7184

ファックス:026-233-4332

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