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更新日:2018年2月27日
「正解は3『川中島の戦い』」
関が原は徳川家康(とくがわいえやす)と石田三成(いしだみつなり)が戦った岐阜県の地。桶狭間は織田信長(おだのぶなが)と今川義元(いまがわよしもと)が戦った愛知県の地。
戦国時代には、信濃国は武田信玄の支配下におかれ、その後、全国を統一した豊臣秀吉(とよとみひでよし)が支配した。1603年から1870年まで続く江戸時代には、信濃国は中小の藩(はん)が分立していたんだ
ちょっとむずかしくなってきたなあ・・・
このあたりは、れきしの勉強をしないとむずかしいからこれくらいにして、さて、最初に出てきた1871年、藩がはいしされ長野県がたんじょうしたんだけど、この時の長野県は東北信地いきだけで、中南信地いきは筑摩県(ちくまけん)とされ、信濃国は2つの県になってしまったんだ。しかし、5年後の1876年に筑摩県が長野県に合併(がっぺい)されて、信濃国の全域が長野県になったんだ。
めでたし、めでたし、だね。
れきしにきょうみがある人は長野県歴史館のキッズページに「なっとく、信州の歴史(別ウィンドウで外部サイトが開きます)」のページがあるから、見てみるといいよ。
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