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更新日:2021年12月7日
環境保全研究所
信州自然講座は⻑野県の⾃然環境保全について、当研究所の研究成果や県内の団体の活動を紹介するとともに、その現状と課題、保全に向けた取組について、県⺠のみなさんとともに考えるイベントです。
信州生物多様性ネットきずなは、「生物多様性ながの県戦略」の地域連携・協働促進プロジェクトをもとに設立され、長野県とのパートナーシップ協定によりシンポジウム、セミナー、環境教育などを実施してきました。
本年度は、生物多様性の保全の推進を目的として、信州自然講座と「きずなフォーラム」を合同開催しました。
令和3年度は「北アルプス地域北部の生物多様性と気候変動」をテーマとして、11月23日(火曜日・祝日)に白馬村ウィング21で開催しました。研究所の成果発表、県内で活動する団体の活動紹介、意見交換会と盛りだくさんの内容でした。
当日のポスター会場
本年度も、新型コロナウイルス感染症対策として、昨年度に引き続いて県内在住の方限定(事前申込み)にしましたが、北アルプス地域を中心に、県内各地から92名がご参加くださいました。
「お住まいの地域」(電子申請アンケート・申込数100の結果)
北アルプス地域では白馬村34名・池田町7名・小谷村4名・大町市4名・松川村3名、
この他長野市19名、松本市8名、安曇野市5名、軽井沢町4名、御代田町2名、伊那市2名、喬木村・佐久市・小諸市・上田市・千曲市・東御市・飯島町・富士見町から各1名でした。
「生物多様性ホットスポット・白馬連峰の高山植物」「北アルプスのニホンジカ~大北地域の生息地利用~」「北アルプス地域の気候変動とその影響」と題して、研究所の研究員が研究成果を発表しました。当日アンケート(回収数57)では3分の2から4分の3の方が「印象に残った」と回答してくださいました。
ツクモグサ・ハッポウタカネセンブリ
成果発表「生物多様性ホットスポット・白馬連峰の高山植物」アンケート集計結果
高山帯に進出するニホンジカ
成果発表「北アルプスのニホンジカ~大北地域の生息地利用~」アンケート集計結果
成果発表「北アルプス地域の気候変動とその影響」アンケート集計結果
続いて信州生物多様性ネットきずな、おたりギフチョウ・ヒメギフチョウを守る会、辰野いきものネットワーク、ミヤマシジミ研究会、長野県希少生物保全調査会、長野県烏川渓谷緑地市民会議、信州水環境マップ・ネットワークから活動紹介やポスター発表をしていただきました。
活動・ポスター紹介
信州生物多様性ネットきずなビデオ発表
当日は多数の質問やご意見をいただきました。意見交換会では、それらにもとづいて、議論を深めました。
当日ご紹介できなかったものも含め、以下に紹介します。
1.雪に関する質問
知人宅でカマキリの卵がついていた。80cm以上の高さについていた。長野市でたくさん雪が降るのか?
(浜田)カマキリの卵の高さと、その年の最大積雪量に関係があるという書籍がある。それをご存知かと思う。ほんとうに正しく当てているかは疑問なところはある。今年はラニーニャがあるため、大雪になりそうな予感。
北アルプス地域の気候変動とその影響
2.植物関係、白馬岳と八ヶ岳のツクモグサについて
比較して、八ヶ岳のツクモグサが背が高いようにみえるが雪の影響か?
(尾関)雪の影響もあるかもしれないが、もともとの山に降る雪の量が白馬と八ヶ岳で大きく異なっており、ツクモグサの開花時期もずれる。八ヶ岳は雪が少ないために、成長の始まる時期が早い傾向にある。生長期間が長いので八ヶ岳の背丈が長いのかもしれない。ただ、正確な違いは遺伝的な違いを確認する必要があるが、両地域の遺伝的な違いについては分かっていない。希産種は白馬岳、八ヶ岳で共通にみられるものが多い。今後研究を深めていきたい。
3.シカについて、ニホンジカとカモシカのフンの形状の違い
(黒江)形状による見分け方は分からない。実際DNA調査をやっている研究者の方によると一か所に200粒以上あるものはカモシカの確率が高い。
4.冬の調査はどれくらいの期間やっているのか
(黒江)センサーカメラに任せることが多いが、40日くらい山にでる年もあった。冬に痕跡を探しに行った時もあったが、今回の笹の食痕は夏の調査結果。夏も30~40日ほど調査に入っていた。
北アルプスのニホンジカ
5.シカ、植物に関して、北アルプスにはこれまでシカはいたことはないのでしょうか。例えば、200年、6000年前、縄文時代は?
(黒江)全く分布していなかったということはないと思われる。
-暖かかった時代の高山植物はどうか。
(尾関)今よりも暖かい時代、7000年前くらい、今と同じような温度上昇があったのではとされるその当時のことは誰も分からないが、過去の植生を調べる方法として花粉化石を調べる方法がある。高山帯の湿原で調べられたものが少ないが、白馬連峰に近い地域では立山周辺で調べられた例がある。
それによると、その時代、落葉広葉樹の花粉が多いことが分かっていて、暖かった時代は高山植物は縮小傾向にあり、現在標高の低い所にあるよう植物があったのではないかとされている。今回の講演でお話しした蛇紋岩地域には標高が低いのにも関わらず、高山植物が分布している。高山植物の避難地のような機能を果たしていたのでは。
生物多様性ホットスポット・白馬連邦の高山植物
6.シカに関して、笹の食痕があれば、冬にそれを食べて過ごしていたという発表がされていたが、夏に笹を食べることはないのか。
(黒江)大北地域については、夏に笹の食痕はあまり見られない。林床植生を食べつくして消失した後であれば、夏に笹を食べるようになる。大北地域では、まだ十分に柔らかく嗜好性が高い美味しい植物があるため、それらが枯死した後の冬に、笹を利用している状況。
7.シカについて、カラマツの樹皮は利用しないのか
(黒江)カラマツはシカの嗜好性が低いので、カラマツに樹皮食害が現れたらシカが他に食べるものがない末期の段階。シラビソやナナカマドが優先して食べられるようになるかと思う。
8.シカは大北地域に広がっているが、高山帯にも波及して高山植物の多様性が失われている危機感を話題提供したが、舗装路や凍結防止剤のミネラル分で栄養を与えているのでは?
(黒江)同じように積雪のある山形県では、舗装路を使ったシカの移動が確かめられている。凍結防止に散布する塩カルについては、消化にナトリウム分が必要なシカにとっては必要なミネラルとなるため、塩カルを舐める行動をするシカもいる。生理学の専門家によると、シカの殖率にプラスになるほどの影響はしていないのではないかとの話だった。ただナトリウムは必要となるため、行動を変える、誘引するという効果はあるかもしれない。ナトリウムは湧水や土壌等からも摂取できるため、誘引性については地域差があるが、それほど大きくはないと考えられる。
9.シカの行動について、夏に(??)山頂でシカを目撃した。稜線上と低地のシカで年齢や性別に違いがあるのでしょうか。
(黒江)研究所でモニタリングしている爺ヶ岳稜線付近で見かけるシカは、若いオスの割合が多い。スキー場ではオスとメスは1対1くらい。哺乳類は基本的にオスが出生地から移動分散するといわれており、新天地を開拓するのもオスの比率が高い。
10.自然環境に関する基礎的な情報、シカがどこで見つかったとか、花がいつ咲いたとか、気候変動だとか、研究所だけではできないところをどのように補おうとしているのか、そのような活動があるのか。
(浜田)気候変動に関係した生き物調査は、研究所では市民と協働で行っている。主に、どこにいたかというよりは「いつ咲いた」「いつ鳴いた」という観点。セミの鳴き声を全県で収集している。スマホのアプリも作っている。研究所の職員だけでは長野県全域をくまなく調べることは難しい。市民の皆様の協力を得ながらつぶさに調べている。そこからヒントを得て詳細な調査につなげられたらと思っている。以前は気象庁が「生物・季節観測」という調査を行っていて、職員が気象台のそばにある樹木の開花を調べたり、鶯の鳴き声の鳴きはじめを調べたりしていたが、廃止となり50年間くらいの調査が途切れそうになっている。国立環境研究所が継続して調査できるしくみを考えている。研究所もそのメンバーに入っている。できるだけ継続していけたらと思う。
(黒江)哺乳類については、狩猟者の方に記入していただく捕獲報告書がある。一回の狩猟でシカを目撃した頭数や何頭獲れたかを記録してもらい、その数値から目撃しやすさや狩猟しやすさを算出している。個体の移動については信州大学の研究グループで行っている。稜線付近での目撃情報については環境省が情報を収集しており、登山者の方からのヤマップなど登山アプリへの情報投稿もある。
国道沿いと大糸線についてはシカが死亡した場合については記録されるが、目撃については記録されていない。大北地域は痕跡を探すのも難しい密度なので、笹の食痕やフンが落ちている場所があったら教えていただけると助かる。
(尾関)長野県は植物の調査が歴史的に盛んで、多くの押し葉標本を中心とした記録がある。研究所の標本庫には20万点弱収蔵されているが、。その多くは県内の植物を研究されている方々から寄贈していただいたものである。ただ、信州の植物をめぐる危機として、今日は絶滅危惧種について紹介したが、現状では植物を野外で観察する人も絶滅危惧である。1990年代後半を境に資料の収集状況が激減している。身の回りを含めて植物を含めて関心をもっていただく人を増やしていくことが課題となっている。そのための取り組みとして、研究所では標本庫があるので、できれば標本をつくっていただいて、当所を含む公的機関に収蔵していただければありがたいかと思う。
―新しい観測手法(環境DNA)も使って把握できれば。
11.生物多様性を守るというところで、市民との協働が大切。「きずな」よりコメントいただけるか。
(中村先生)気が付いたこと2点を挙げる。一つは、市民の情報をもっと集めていくことが重要。研究員は行政の仕事もあるので、市民団体でも昆虫標本等コラボ出来たら。ものすごい量のデータを持っている団体もある。
二つ目は、保全団体の高齢化が進んでいるため、子どもたちに環境教育が重要であること。環境という教科は無い、環境教育の指導要領によると、各科目の中で環境をプラスして教えることになっているがこれは大変。環境という科目を作ってもらいたいなと思う。
意見交換会
Q.カモシカは多様性への影響するか?個体数の変化やシカとの関係は?
カモシカはニホンジカと違い、個体ごとになわばりを維持する動物です。この特性によりシカほど密度が増加することはないため、多様性を減少させたという報告はありません。また、草本を好むシカよりも、より木本を採食する傾向にあること、1つの種を食べ尽くすのではなく、1日でたくさんの種類を採食することから、多様性を利用している生き物と言えます。
カモシカはシカより体の大きさが一回り小さく、群れで採餌するシカは避ける傾向にあります。また、カモシカのなわばり内で植物が減り、なわばりが保てなくなるとその場所から姿を消してしまいます。シカ密度の高い地域では、カモシカの生息密度が下がる傾向にああるため、シカ増加はカモシカ減少要因の一つと言えます。一方で。カモシカは長らく保護対象になっており、シカ密度の低い場所も含めた県全体では、ゆるやかな増加傾向にあります。
Q.ニホンジカの食害について、ジビエへの活用や捕獲に関する補助金の活用はどうか?
ジビエへの活用や補助金を活用した捕獲事業についてはどちらも、県林務部の鳥獣対策ジビエ振興室が取り組んでいます。ここ数年内では、大町市小熊山でも捕獲事業が実施されています。
Q.小蓮華の山頂直下でシカを目撃した。お花畑が荒らされるか心配で、早めの対策をお願いしたい。
国立公園内での目撃情報については、対策に結び付けるためにも、シカ目撃情報を取りまとめている環境省へ情報提供をお願いできればと思います(北アルプスでのニホンジカ目撃情報をお寄せください!(環境省)(別ウィンドウで外部サイトが開きます))。山岳地でのシカ対策は、良い方法がなくまだどこも成功していませんが、何ができるかを関係者の方々で検討しているところです。山麓や中腹でのシカの捕獲については、猟友会や市町村、県などが連携して、進めようとしているところです。
Q.シカを捕食する動物がいないのはどうしてですか?
ツキノワグマは、ニホンジカを食べる捕食者となりますが、狩りを得意とする動物ではないため、シカの行動や数を変えるほどの有力な捕食者にはなっていないようです。ヨーロッパやアメリカでは、オオヤマネコやピューマ、オオカミなどが捕食者となっていますが、日本ではこれらの捕食者がほとんど生息していないのは、多くのシカが生息する大陸と違い、面積の小さな島国であることが関係しているかもしれません。
ニホンジカにとっての北アルプス
Q.ニホンジカが増えて良い点は?
美ヶ原などを眺めていると、コウリンカのようにニホンジカが増えたから数を増やすことができた植物もあるようです。また、シカによる食圧で林床植生が低くなると、林内での見通しが良くなります。野生動物の出没を抑制する緩衝帯整備と通ずるものがあるかもしれません。
Q.生態調査後の件の方針やアクション、県民へお願いすることは?
対策方針の決定やアクションは県林務部の鳥獣対策ジビエ振興室が担っています。研究所はこの作戦本部へ、生態調査での結果を伝え、今後の作戦の参考にしてもらっています。生態調査から明らかになったことは、どういった場所で捕獲するといいか、被害をどれだけ減らすことができたか、などを知るために活用されています。希少な生態系を有する大北地域では、生息密度が小さくでも高い捕獲圧をかけて、シカを低密度に保つという方針が示されました。
県民の皆さんには、高い標高域でシカを目撃した際は、環境省への情報提供をお願いしたいです
(北アルプスでのニホンジカ目撃情報をお寄せください!(環境省)(別ウィンドウで外部サイトが開きます))。
Q.小谷村中土ではきのこが食べられているような気がします。シカはきのこを好んで食べるのでしょうか?
シカはきのこを好んで食べます。きのこの減少には、シカによる採食が多いに関係していると思います。
Q.大昔、今より暖かい年代は、北アルプスにもシカはいたのではないでしょうか?それでも高山植物の多様性が保持されたのはなぜでしょうか?
確かなことではありませんが、北アルプスにシカがいたこともあったのではないかと思います。北アルプスには白馬岳の長野県側の山頂直下のように、がけ地に高山植物が生育しているところも多く、シカがいてもこうした場所に生き残った高山植物がいたのではないでしょうか。このあたりのことは、私自身も知りたいテーマです。
Q.大北地域や北アルプス北部のニホンジカの推定生息数は?
生息密度はところどころ推定しているのですが、シカの生息面積や密度勾配を捉え切れているわけではないため、現在は推定できていません。
Q.ニホンジカはなぜここまで増加しているのでしょうか?捕食者を新しく導入して改善する可能性は?
ニホンジカの増加要因には複数のことが関係していると言われており、ヒトが肉や皮を利用しなくなったこと、死亡要因となる積雪量や積雪期間が減少したこと、餌となる草地や造林地が増加したこと、生息数増加に応じた捕獲規制の緩和の遅れなどが要因として挙げられています。オオカミの再導入は、シカの行動圏を狭め、繁殖率の抑制などに効果をもたらす可能性がありますが、一方で県境など気にせず大きく動く動物であるため、導入後の保護管理については社会で広く議論が必要になりそうです。
Q.仔ジカの糞の大きさは?糞の密度と個体数の関係は?現実的な侵入対策と個体数の抑制対策は?
仔ジカの糞は、月によって大きさが変わっていきますが、8月で成獣の半分ほどのサイズの糞が観察されます。糞の数と生息密度の関係は、日本全国で研究されており、糞密度から生息密度を算出する方法「糞粒法」があります。積雪が多く地形の険しい北アルプスでは、現実な侵入対策は本当に難しく、希少な群落をシカ柵で囲うなどの物理的な防御に頼るしかないかと思います。個体数を抑制するための対策も、シカを拡散させないように高い捕獲圧をかける、というものしかなく、これについても北アルプスの険しい地形は課題になってくると思います。一方で積雪期は、シカの痕跡が発見しやすく、狩猟効率も高くなることから、狩猟期に積極的にシカを捕獲することが一番現実的な対策になるかもしれません。
アンケートで全体的な満足度を尋ねたところ、「満足」が28%、「おおむね満足」が61%、合わせると89%となりました。
イベントの全体的な満足度(回収数57)
また、以下のような感想をいただきました。ありがとうございました。抜粋で紹介いたします。
【全般】
【高山植物】
【シカ】
【気候変動】
このほかイベント運営改善についていただいたアドバイス等もあわせて、今後に活かしていきたいと思っています。皆さまありがとうございました。
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