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更新日:2017年4月1日

指導資料No.61 機能する教育相談体制-児童理解・生徒理解を深めるために-

 いじめ、不登校等に対して、学校における教育相談の果たす役割がますます必要になっており、適切な対応が求められています。児童生徒や保護者の訴えや悩みを親身になって聴くことはもとより、学校一丸となって受け止め、早めの対応と解決するまでの継続的な指導が大切です。
 今回は、小・中・高の取り組みの事例を紹介しました。各校の教育相談の参考にしながら、機能する相談体制を一層進めてほしいと思います。
 尚、文部大臣のいじめ緊急アピールの活用もお願いします。

平成8年2月28日 長野県教育委員会 生徒指導幹 

目次

  1. いじめ緊急アピール(抜粋)
  2. はじめに
  3. (中学校の事例)子どものこころに向かい合って
  4. (小学校の事例)粗暴と多動の傾向にある児童への学校の取り組み
  5. (高等学校の事例) 機能し始めた教育相談係

 いじめ緊急アピール(平成8年1月30日)

 今年に入ってからも、いじめを苦にしたと考えられる生徒の自殺事件が続いて発生している状況を踏まえ、文部大臣から緊急アピールが発表されました。その一部を掲載しましたので校内研修会等で活用してください。

かけがえのない子どもの命を守るために(抜粋)

文部大臣 奥田幹生

2 まず、全国の子どもたちに訴えたい。君たちは、どんなことがあっても、自らの命を絶つことはあってはならない。苦しいことや悩みごとがあっても、それに屈せず、強い気持ちをもって、これからの素晴らしい人生を送ってほしい。悩みがあるときは、決して自分の胸の中にとどめて悩みぬいたりしてはいけない。お父さん、お母さん、先生、先輩、友だちなど誰かに相談してほしい。悩みを打ち明けることは、決して恥ずかしいことではない。相談する勇気をもってほしい。そして必ず誰かが相談に乗ってくれるということを忘れないでほしい。

3 いじめている子どもたちに言いたい。弱い者をいじめることは絶対に許されないことなのだ。軽い遊びやふざけだと思っているかもしれないが、君たちの言葉や態度が、いかに人の心を傷つけ、苦しみを与えているかということに気づいてほしい。

 そして、全国の子どもたちに訴えたい。いじめをはやしたてたり、傍観したりすることも決して許されないことだということを知ってほしい。

4 私は、お父さん、お母さん方にも訴えたい。どうか、我が子の姿をよく見つめ、いじめのシグナルを発していないか、細心の注意を払ってほしい。そのためには、できる限り子どもと共に過ごし、話し合い、苦しんでいる子どもが相談できるようにしてほしい。そしていじめに気づいたら、子どもの話をよく聞いて、苦難を乗り越えていく勇気を与えてほしい。
 また、他の子どもをいじめることがないよう、いじめは絶対に許されないということを、家庭の中でも十分話し合ってほしい。

5 全ての学校の先生方には、深刻ないじめは、どの学校にも、どのクラスにも、どの子どもにも起こりうるものであることを訴えたい。いじめの問題を現下の最大の課題として取り組むよう訴えたい。いじめている子どもを守り通すということを言葉と態度で示し、毅然と対応してほしい。そして何よりも、子どもたちとできる限り多く接し、子どもたちに信頼される人間関係をつくり、いじめの発見や予防に努めることが大事である。いじめを発見したら一回や二回の指導で事足れりとするのでなく、かえっていじめが陰湿になり、深刻化することもあることを認識し、何回も何回も継続して指導を行うべきである。また、校長と相談し他の教師や養護教諭の協力を得たり、保護者と連絡をとって、最大限いじめの解決に当たってほしい。

7 最後に、地域の大人の方々には、市や町や村のかたすみでいじめが起きていたら、見て見ぬ振りをするのではなくて、みんなで手を携えて、いじめを許きない働きかけをしていただきたい。PTAや青少年教育、スポーツ活動などに携わっている方々には、そういう活動を通じて、いじめは許されないこと、いじめに負けず、どんなことがあっても自ら死を選ぶようなことのないよう指導をお願いしたい。 

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 はじめに

機能する教育相談体制とは

 いじめ等の問題行動や不登校への対応として、教育相談の重要性がますます高まっており、相談体制の一層の整備充実を図る必要がある。
 全教師が、常に児童生徒に受容的に接し、生徒理解の徹底を図ることにより、児童生徒との間に信頼関係を築き、教師にいつでも相談できる雰囲気を醸成することが大切であるが、特に児童生徒が素直に悩みを打ち明けることができ、心のよりどころとなる教育相談の場を用意することが必要である。
 自校の教育相談体制はどうであろうか。つぎの具体的な項目について点検をしてほしい。

  1. 校内に児童生徒の悩みや要望を積極的に受け止めることができるような教育相談の体制が整備されているか。また、それが児童生徒の立場に立って機能しているか。
  2. 事例研究やカウンセリング演習など実践的な内容を持った校内研修を実施する体制が図られているか。
  3. 学校における教育相談について、保護者にも十分理解され、保護者の悩みに応えることができる体制になっているか。
  4. 教育相談では、悩みを持つ児童生徒に対してその解消が図られるまで継続的な事後指導が適切に行われているか。
  5. 教育相談の実施に当たっては、必要に応じて教育センター・児童相談所・少年補導員などの専門機関や青少年教育団体等との連携が図られているか。

 さらに、教育相談の体制づくりを進めるために大切なことは、活動を進める過程において、教師一人ひとりがどれだけ子ども理解を広めたり、深めたりすることができるかにある。
 ここでは、相談体制づくりを進めながら、取り組みの過程で、教師や親の子ども観が、どう変わっていったのかについて、まず、ある中学校が主として不登校生徒及びその親と共に歩んでいる実践例を取り上げた。

 次に、小規模校のため、全校で専門機関と連携し、児童を立体的に見つめることで支援の糸口を見いだした小学校の事例、さらには相談係を設置し、相談体制づくりが進んでいる高等学校の事例を紹介し、「機能する教育相談体制とは」について考えてみた。

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 (中学生の事例)子どもの心に向かいあって

1.子どものこころに向かい合う -「きびしさ」と「やさしさ」-

 A中学校では、これまで、荒れる生徒を見ていると、その指導は、「厳しく」それでも足りなければ「もっと厳しく」という傾向になりやすかった。その一方で「もっとやさしく」と主張する教師集団との対立が起きていた。
 B男は、教室に入ることができずに、保健室や職員室で一日を過ごしていた。学級担任は、「甘えの許容は、B男をだめにする。教室に行くよう厳しく指導すべきだ」という先生方の考えと、「教室に行けるようになるまで、もっと見守っていこう」という先輩教師の助言に二者択一を迫られて悩んでいた。
 B男に関心を持ち関わってきたC先生が、職員会で、「こころに向かい合ってみたらどうか」と、一枚の絵を提示した。
 B男のこころが託された一枚の樹木画は、教師集団に無言で訴えていた。「ぼくは今、こんな姿だ。枝もなければ、葉もない。未来まで切り取られ、どう生きていったらいいのか……」と。

バウムテスト

B男の描いた樹木画を見て、一連の行動も見えてくる。発熱や頭痛は、心理的な背景の身体化に思えた。以前の問題行動も求愛行動の表現に見えてきた。

2.不登校児の親の会が生まれた-親と教師のみぞを埋めて-

 C先生が、定期的な相談に来校していたB男の母親ともう一人の母親に「不登校の子を持つ親たちは、それぞれ孤独な戦いをしている。親たちが一緒に語り合えるような場が作れないものだろうか」と、相談を持ちかけた。この二人の母親が発起人となって、校内に保護者会が生まれた。場所も市内の公民館、呼びかけも親たちがした。教師の方が、上から親を見てしまうようであっては、保護者会とはいえないであろう。また、親が集まって学校を批判する団体になることも不毛のように思う。
 A中学校では、教師が保護者会に一会員として、勉強しようとする態度で参加させてもらうことで、難しい親と教師の信頼関係を高めたいと願った。親と教師のみぞは、夜遅くまでの語り会いを積み重ねていくなかで確実に埋まっていった。孤独から連帯へ、親の気持ちも変わっていった。
 保護者会は、いよいよ野外活動を企画するまでになって行った。近県へのバスハイク。青い空、高い山、紅葉の森、深く澄んだ湖で、親も子も教師も別の出会いをした。
「この子が、こんなに生き生きとした表情をするなんて・・・・」。
「このままでは、社会にも出ていけなくなるのでは」と、心配していた母親が、保護者会の誘いで、子どもと一緒に参加した。その母親の笑顔がすばらしい。子どもも教師もそれまでとは違った母親を見た。
 B男の参加に反対していた父親が「無意味かどうか、参加して、自分の目で確かめてみたら」と、母親に勧められて参加した。楽しそうに友達と話をしているB男を見て、教室に行けないわが子を不甲斐ないとのみ感じていた父親が、変わっていった。

3.さらに輪を広げて-行政の支援-

 バスハイクの計画には、市の主任児童委員の支援があった。「何か保護者会にお手伝いできることがあったらさせてほしい」との申し出から、バスハイクの支援をお願いした。社会福祉協議会に働きかけて、協議会のバスを用意してくれた。そして自らも参加した。これを契機に、この主任児童委員は、保護者会の会員となり、子どもたちを誘ってケーキづくりを教えている。
 保護者会の活動を知って、市教委も支援に乗り出した。学校からも市教委に「市内の不登校連絡会」の設立をお願いした。市教委を事務局に、「連絡会」が定期的に開かれるようになった。中学の実態から、居場所づくりが提案され、市教委は、空き部屋改造の予算措置を約束してくれた。
 親、学校、行政、ともすれば「どこが悪い」と、不毛な犯人探しをする関係に陥りやすい三者が、共通の土俵で取り組もうとする関係になっていった。

4.トンネルが開くときを待って-こころと向かい合って-

 次の絵は、冒頭の樹木画を描いたB男のその後の作品である。

風景構成法

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 左の山に開けられたトンネルが興味深い。不登校の子は、橋を渡れない子、トンネルを抜けられない子とも言われる。このトンネルを描くことで、B男は、自分の課題を意識化することになる。樹木画に見られる切り取られた先端が象徴する行き先が、見え出してきているとも言える。
 左下に描かれている動物は、「ネズミ」とのことである。描かれた動物は、作者の一面が端的に表現されることがあって、面白いといわれる。学校という現実を、ネズミに象徴されるような姿で生きることはいかにも心もとない。トンネルが見えてはきているが、日常の世界で、勉強したり、仲間関係をこなしたりするには、もう少し時間がかかるということだろうか。
 A中学校の取り組みにおいて注目したいことは、教育相談活動を進める過程でいつも根底に「子どもの心に向かい合おう」とする姿勢がある点である。教師が子どもを通して互いに理解を深め合い、共感の土壌を醸成していくところに相談体制が機能するポイントがあるのではないだろうか。

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 (小学校の事例)粗暴と多動との傾向にある児童への学校の取り組み(小4男子)

1.粗暴のベースに潜む攻撃性を、教師集団はどうとらえたか。

 E小学校は小規模校であり、全職員が全校生徒の顔と名前が一致する。一人の生徒について全職員で話し合える小規模校の良さを生かして、全職員で事例研究会を行っている。
 D男は、気に入らないと机を引っ繰り返したり、仲間に乱暴してけがをさせるなどの粗暴な行動を繰り返していた。
 D男のこのような行為の背景をどう理解したらよいかについて、全職員が何度も話し合いをもってきていた。
 研修会では、D男の粗暴の背景を、「みんなの目を引きたいためではなかろうか」と捉え、良くできたことは認め、励まし、また、運動による昇華をはかっていこうとしてきた。しかし、容易に消失しない行動に「こういう理解でいいのか」という不安を抱えつつ、対応してきた。

2.専門機関や就学指導委員会への相談

 学校は、近い距離から児童を見ている。少し遠い距離から見ていただいたら、D男は、どう見えるだろうか。
 そこで、就学指導委員会に相談した。また、D男と共に児童相談所を訪ねて、心理検査もしてもらった。
 そこでの助言は、知的な発達の遅れも見られるので、しばらく特殊学級で生活させてみてはどうか、というものであった。

3.保護的な空間としての特殊学級

 特殊学級では、もう一人の児童にやさしさを示すなど、今までの学級生活とは異なった一面が見られるようになった。集会活動や行事の場面でも、動き回っていた行動に落ち着きが見られるようになってきた。原学級の担任も、毎日、特殊学級を訪ねてD男との関係づくりを行ってきた。

4.原学級児童との交流

 D男は、サッカーが大好きなので、サッカーを通して、原学級の子どもたちとの交流を図ってきた。勝たないと気がすまないD男は、負けると粗暴な言動も見られたが、以前とは異なり、仲間の許容範囲内には納められるほどのものに変わってきているように思えた。

5.考察

  1. 粗暴の背景にある攻撃性
     「攻撃性」は本来、「自立と創造のエネルギー」であり、粗暴な形で発現されてしまうのは、D男の生きたい願望が否定されたり、受けたい愛情に周囲がうまく応えられなかったりしてきたことの結果ではなかったろうか。
     原学級よりは、やや保護的な空間にD男を置いてやったことで、攻撃性が歪められないで発動する方向に向いてきているように思えた。
     その意味では、D男が特殊学級に一時保護をもとめたことは、意味があったのではないだろうか。
     また、サッカーも、ボールを蹴るという攻撃性を特徴とする競技であり、D男の攻撃性をクリエイティブなものへと向かう、刺激になったのではないだろうか。
  2. 発達課題
     赤ちゃんは、眠っていても始終動いている。D男の多動や行動の身勝手さは、幼児性の表現とも受け取ることができる。
     人間関係の発達も、仲間と五分にやり取りができるほどには育っていない。原学級での仲間との生活は、D男を不安にし、その不安が、幼児的な不安と身勝手な行動となって発現していたように思える。安全な居場所を得たことで、それらの行動も減少傾向を示しはじめている。
  3. 機能する教育相談体制
     一人の児童が全職員に見えることは、児童理解を深めていくうえで大変有利である。
     経過を報告し、みんなで知恵を出し合うE小学校においては、小規模であることそのものが、すでに機能する教育相談体制を潜在させていると言えよう。
     特殊学級担任と原学級担任の連携も、本事例では大変有効に機能したと考えている。
     サッカーに着眼し、そこを窓にして、原学級児童との交流が図れたのも、両担任のチームプレーによるところが大きかった。
     助言をいただいた専門機関との連携も意味がある。問題事象を抱えたとき、学校は近距離から児童を見る。専門機関は、やや引いた距離から児童を見てくれる。児童を立体的に見つめることで、見えてくるものも多々あるように思える。学校は、関係機関への相談や、専門的意見を求めるなど、他機関との連携を積極的に進める事の大切さを本事例から学んだ。
     これから、D男が、どう原学級へ帰っていくか、知恵を寄せて考えたい。

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 (高等学校の事例)機能し始めた教育相談 

1.教育相談係の設置までの経緯

 E高校では、不適応生徒の増加傾向を背景に、カウンセリングを勉強している一教師から「教育相談係」の新設を求める提案がなされた。
 教師と生徒との関わりの在り方をめぐる論議が一ヵ月近く続いた。主な反対意見は、

  • 相談機密の保持と、担任や職員会への情報提供の両立は困難だ。
  • 生徒は本来、担任に相談すべきだ。担任の知らないところで話が進むのは不自然だ。担任への批判も出るだろうし…。
  • カウンセリングなどというものは生徒を甘やかすだけだ。
  • カウンセリングのできる教師がいなくなったら継続指導ができなくなる。それなら、初めから設置しないほうがよい。

などであった。
 そうした中で、日頃苦労を重ねている生徒指導主事の「生徒はとても敏感だ。相互の信頼関係がないと本当の反省は得られない。生徒指導と教育相談は相矛盾するものであってはならない。本人が言ってほしくない事の秘密保持は当然のことだ」との発言で議論は収束し、設置が決まった。生徒指導係の中に、教育相談担当を位置づけ、男女2名の教師が担当してスタートした。

2.教育相談係の運営

 まず、「生徒指導室」を「生徒相談室」と改称し、仕切りを工夫して他の生徒に見えないスペースを確保し、生徒がゆったりした気持ちで話ができるようにソファなどの配慮をした。
 次に、教室・廊下等に相談室開設のポスターを掲示し、当初から生徒の自主来談をねらいとした。自主来談が8割を占め、ほとんどが2~3回の面接で係が単独で処理することができた。他の事例は心因性不登校などの重度の問題で、長期的対応を必要とし、おのずと担任や養護教諭と連携することになった。
 記録は、各種文献を参考に、記入の簡便さと検索のしやすさに留意して、係が独自に相談日誌を考案して用いた。(下図参)

クライエント

カウンセラー

 月 日( )

   

朝123昼456放課

   

 時  分~ 時  分

    保健室・家庭準・社会準
( )番教室・他( )
   
   

自主来談・( )の依頼
呼出面接・チャンス面談・電話

   
   

1年・2年・3年・保護者

   

氏名

   

付添

   
   
    CLの通算相談回数  回
    同じ問題での回数  回

考察・補足

 

勉強 進路 先生
友人 恋愛 家族
健康 容姿 性格
クラブ 他( )

 
 
 
 

担当者

3.係が連携して担任を支えた事例-摂食障がい(拒食・過食)のF子-

  1. 相談開始までの経緯
     F子は、3学年に転入し、伯父宅に1人で下宿していた。数年前に両親が離婚して以来、鬱状態と拒食が続き、母親の判断で転入後から精神科に通院していた。母親は、他県勤務のため会えるのは連休か長期休業に限られていた。
     不登校が転校の理由と聞いていた担任は、ある朝、F子が懸命にジョギングしている姿を見かけ異常な痩身を感じた。やがて伯母から拒食を知らされ、驚いた担任は係に相談したが、新しい友達に囲まれたF子を見て、しばらく静観しようと話し合った。
     5月、仲間の一人が、F子に自分の友達を奪われると危惧しF子を中傷し始めた。対人不信の強いF子は元の仲間には戻れず、G子たちのグループに近づいた。この頃からF子は過食に転じ、鬱状態もひどくなった。
     6月下旬以降は、保健室で寝込むことが多くなった。そこで、担任・養護教諭・相談係の三者で対応を話し合い、まず、担任と養護教諭からF子に、相談係によるカウンセリングを勧めた。しばらく考えていたF子は夏休み明けからの相談を承知した。
     休み中に係は、F子の主治医と担当の臨床心理士に面会して情報交換し、学校で相談を行うことを伝え、今後の連携をお願いした。臨床心理士からは、F子の孤立と閉じこもりを防ぐため、本人の状況を見ながら級友との交流を図るよう助言を受けた。
  2. 相談の経過
     9月半ば、伯母から担任に、「来週母親が来ることを伝えたら、F子の様子が変わり、夜中に冷蔵庫をあさるようになった」と電話が入った。ほぼ同時に、F子の希望で教育相談が始まった。
     翌週、担任が母親に面会し、F子には秘密だがと約束の上で、校内で生徒の弁当が食べられる事件があったことを話し、F子の食事への対応を話し合った。だが、その日の深夜、担任の意に反して厳しい指導を決意していた母親が、F子を詰問し喧嘩になり、「退学させて明日連れて帰る」と担任に電話があった。担任・係・養護教諭の3人で急遽家庭訪問をし、担任と係が母親を、養護教諭がF子を別室で対応した。6月から誰も信じられないでいたF子が、唯一心を開いたのが養護教諭であった。母親は混乱の極みにあったので、係と担任は徹底して傾聴を心掛け、冷静さを取り戻させることに努めた。「私が変わらなくては…」と母親が最後に言った。しかし、F子は、以後不登校になった。
     1カ月の中断後、臨床心理士から「顔を出してみたらどうか」との連絡を受けて、係が家庭訪問をし、週1回のペースで相談を再開した。3回目の面接から過去の体験を次々と話すようになり、12月末の7回目では「母親が怖い。昔、殺されると思うことがあった」と心の傷を吐露した。
     この間、G子たちは、担任と共にF子をカラオケに誘ったり、欠課時数超過を心配して頻繁にF子の部屋を訪ねた。F子は徐々に心を開いていった。12月半ば、F子は保健室登校ができるようになっていた。
     一方、係からのアドバイスを受けて変わろうと努めていた母親が、久しぶりにF子と向き合って正月を過ごした。F子は8回目の面接で、「このまま一緒に居たいって、初めて言えた。お母さんが変わった。怖くなくなった。」と嬉しそうに話した。
     2学期末の職員研修会で、担任がF子について発表していることから、全ての職員がF子の状況を理解していた。担任のF子への思いや教科担任の親身の支援に応えてF子は特別課題をやり遂げ、G子らと一緒に卒業していった。

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お問い合わせ

所属課室:長野県教育委員会事務局心の支援課

長野県長野市大字南長野字幅下692-2

電話番号:026-235-7450

ファックス番号:026-235-7484

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