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更新日:2014年6月24日
水産試験場
コレゴヌス養殖技術開発の記録
ペリヤジ研究班に知事表彰
山崎 隆義
昭和57年(1982年)5月3日、県庁講堂の壇上で吉村知事から表彰状を受け取りながら、その場の華やかさや喜びとは別に「これで随分と苦労をしてくれた皆さんに、少しは報いることができる」との安堵感の方が大きかった。表彰式が終わると、挨拶もそこそこにして直ちに佐久支場に帰り、表彰状の裏面に当時の職員の名前をペンで書き連ねた。
苦心の末やっと100万粒の発眼卵生産が達成されたのを機に知事表彰の話があり、受賞は規定の上で個人が対象であることから、代表者として支場長を推薦すると人事課から伝えられたが、ペリヤジ研究の仕事は佐久支場の職員全員が一体で取り組んだチームプレーの成果であり、グループとして表彰してもらいたいこと、また規定を変えられないならば受賞は辞退したいことを伝えた。人事課と幾度かのやり取りの結果、特例としてペリヤジ研究班としての受賞が認められたが、その後も団体が受賞した例はないのではなかろうか。本来ならば、ペリヤジ研究班だけではなくて、職員全員の名前を受賞者の欄に明記して欲しかった。そんな思いを込めて、裏面に名前をペン書きした表彰状が支場長席横の壁に掲げられている。
待ちに待ったとばかりに、佐久の多くの人達から受賞を祝福された。私達にとっては、事業化の目途もなく未だ前途に重い困難を抱えた状態ではあったが、そのような気持ちを嬉しく素直に受けた。記者クラブからは、共同取材の申入れがあったことから、幹事の新聞社と相談して、単なる受賞の取材では面白くないので試食会を開いて、味の評価を記事にしてもらうことにした。佐久支場の会議室での試食会は、「花月」のご主人中村さんが腕を振るった料理が並び、いつまでも成果の生まれないペリヤジを暖かく取材してくれた記者達からは、「もう少しで、税金のムダ遣いであると書くところであった」と本心が披露されるなど、祝賀会の雰囲気になり、その後のマスコミとの良好な関係づくりにも役立った。
4か月後、千曲川上流の大石川で発生した土石流は、佐久支場の飼育池を短時間で埋め尽くした。苦労を重ね、手塩にかけた魚のほとんどが、無残にも厚い泥の下に閉じ込められてしまった。泥に埋まり、数cmの水深に変わり果てた親魚池を見て、一種の放心状態で歩きながら、「この災害が半年前に発生して池にペリヤジがほとんどいない状態であれば、知事表彰などは幻であろう」とつぶやいた。
ペイヤジ飼育研究班への知事表彰状
(現在も佐久支場の支場長席横の壁に掲げられています。)
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